今日は七夕。
織姫と彦星がどうのこうのとかいう日。
しかしそんなことはこの少女が来るまですっかり忘れていた訳で。


「あの・・・ハジメさんは短冊、書かないんですか?」
「・・・は?」
いきなり人の部屋にやってきた少女はそんなことを言った。


俺はポカン、と彼女を見ていた。
彼女は俺の前で遠慮がちに微笑んでいる。
礼儀正しそうに微笑む彼女は、たった今、行儀悪く人の家に窓から入ってきた。
まるで七夕の笹飾りのような変わった髪形が、さらさらと音をたてた。
あまりに突然の事に脳がついていけていない。
頭の隅でただぼんやりと不思議な子だ、と思った。

「えーと、誰?」
止まりかけている脳をフル回転させ、なんとかそれだけ聞くことができた。
俺の問いに、彼女は姿勢を正して答える。
「あ、すみません申し遅れました、私さらさといいます!」
そう言って慌ててぺこりと頭を下げる様子は、とてもじゃないが強盗とかそういうものには見えなかった。
けど。

「君は・・・一体何なんだ?」

俺の部屋はアパートの四階に位置している。
普通の人なら窓から入るなんて芸当は、とてもじゃないができないだろう。
つまり、普通の人間じゃない、と。
俺の表情で不信感を見て取ったのか、彼女はさらに慌てて説明しだした。

「えっと、わ、私は、七夕の精、です・・・」
何だそりゃ。
まあ、宇宙人や天使や幽霊が平気で闊歩する世の中だ。
別に七夕の精がいたっておかしくはないだろう。
だからそれはいいとして。
「で、何で君は俺のところに?」
そうだ。問題はこれだ。
子供の所ならともかく、何故俺みたいな独身男の一人住まいにそんなファンタジーな存在が訪れたのか。
それを聞くとさらさは急に口ごもった。

「えっと・・・それは、その・・・ハジメさんが七夕のこと、
・・・・短冊書いたりとか、何も・・・していないみたいだったから・・・」
「そりゃなあ。今言われるまで忘れてたし。
 それに男が一人でそんなことしてたって虚しいだけだよ。」
俺がそう言うとさらさは少しうつむいた。
やっぱ七夕の精としては七夕を祝ってもらえないのは悲しいのだろうか。
俺はどう言葉をかけるべきか考えあぐね、とりあえず意味もなく手を伸ばした。
が、さらさはすぐに顔を上げた。

「なら、私が一緒に居ます!それなら二人になるでしょう?だから」
「いや、そうだけど・・・肝心の笹が無いし・・・」
「大丈夫です!短冊は私が責任持ってふたご星のお宮さままで届けます!」
「ほ、星・・・?」
急に饒舌になったさらさに俺は正直面喰らった。
この少女の熱心さになんだか押され気味だ。
何故そこまで一生懸命なのかよくわからない。
もしかしたら、これが七夕の精の役目か何かなのだろうか?
七夕のこと・・・短冊を書かせるのがそんなに大事なのか?
もし、役目だとしたら、彼女の言葉を拒否するのは何だか躊躇われた。
・・・・まあ、別にそれくらいやってあげてもいいか。

「・・・わかった。書くよ、短冊。」
「ホントですか!?」
俺の答えにさらさは本当に嬉しそうに笑った。
やっと笑ってくれた彼女に、俺も少し安心して。
「えっと、じゃあコレに。」
そう言ってどこからともなくカラフルな短冊の束を取り出した。
やけに用意がいい。
俺はその中から一枚、緑色のものを選び、しばし考えた。
安易に承諾したものの、何を書けば良いのか。
そういえば七夕に短冊なんて書くの小学校以来だ。
確か、願い事を書くんだよなあ・・・。何でも良いのだろうか。
願い事、願い事・・・頭の中で色々と考えてみる。
俺が願うこと。俺が願うもの。
それならば
『一人前の教師になれますように』
これでもいいだろうか。
・・・なんだか願いごとじゃなくて目標のような気もするが。
「よし。書いたぞ。」
「はい。」
願いごとを他人に渡すのは少し恥ずかしかった。
笑われたりしないだろうか、という卑屈な考えがよぎる。
さらさは俺の短冊を手に取りしばらく眺めていた。
そして、ぽつりと。

「・・・・きっとなれますよ。ハジメさんはあんなに毎日頑張ってるんですから。」

「へ?」
一瞬何を言われたか分からず、また阿呆みたいにぽかんとしてしまった。
「わ、な、何でもないです!」
俺が首をかしげると、さらさは急に赤面してうつむいてしまう。
それを見てはじめて、彼女が俺を励ましてくれた事に気付いた。
何故かは分からないけれど。
急に心が暖かくなって俺は気付けば笑顔になっていた。
やっぱり不思議な子だ。今日、初めて会ったのに。
「ありがとう。」
「え?・・・あ、あ、は、はい・・・・」
顔を赤くしてさらにうつむいてしまう。何がそんなに恥ずかしいのか。
うつむくその姿は何だか小さく感じた。
うつむきっぱなしの彼女に顔を上げてもらおうと、俺は必死で新しい話題を探した。
ふと、彼女が大事そうに持っている俺の短冊が目に入る。
そして何となく口に出していた。

「さらさは短冊、もう書いたのか?」
俺の質問に今度はさらさが首をかしげた。
「え・・・?書いてませんけど・・・?」
「書かないのか?」
「あ、はい・・・書いた事無いです。」
俺にあんなに一生懸命書かせようとしていたから、
さらさ自身が書いていないのは何だか不思議だった。
「私は願いを叶えるのが役目なので・・・。」
そういえば、この子は七夕の精とか言っていたっけ?
他人の願いを叶える役目。他人の願いを届ける役目。
それなら、彼女の願いはどこにあるのだろう。誰が、叶えるのか。
それは、何だか寂しい気がした。

「書きなよ。」
「え!」
思ってもいなかったらしく、さらさは目を丸くした。
「あの・・・私は」
「別に一枚くらいさらさの願いが混じってたって大丈夫だろ?」
「えっと・・・そうじゃなくて・・・」
「人に書かせておいて自分は書かないのか?」
俺がさらにそう言うと、さらさはまた少しうつむいてしまった。
ちょっと言い過ぎたかと焦ったけれど、さらさは何か考えているようだった。
それから遠慮がちに顔を上げる。
「それは・・・そうですね。わかりました。書きます!」
そう言って頷くと自分も短冊の束の中からピンクのものを一枚取り出し。
「えーと。」
そしてまた考えこんでしまった。
・・・本当に書いた事がないのだろうか。
「願いごと、何かないのか?」
「はい、そんなこと考えた事もなかったので・・・」
「今まで色んな願いごと見てきただろ?」
「・・・でもいざ自分が、となると難しいです・・・」
何も書かれていないピンクの短冊を彼女は見下ろした。
「そうだなあ・・・こうなりたいな、と思う事とかないのか?」
「・・・・え?」
「いや、だからさ。こうなったらいいな、とか。」
「こうなったらいいな・・・」
さらさは俺の言葉を反芻するように繰り返して。
それからふと何か思いついたように、一生懸命ペンを走らせた。
「できました!」
笑顔で短冊を見下ろす。もう白紙じゃなかった。
「何書いたんだ?」
「え!ひ、秘密です!」
俺から隠すように慌ててさらさは短冊をしまってしまった。
俺のは見たくせに、と不満だったが、あまりに必死だったのでそれ以上は追及しないでおいた。
さらさは自分を落ち着ける為かコホン、と1つ咳払いをして言った。
「それでは、私は今から短冊をふたご星のお宮さまに届けて来ます。」
「そっか。
 叶うと良いな。俺の願いも、さらさの願いも。」
「・・・・はい。」
そう言って彼女はニコリと笑って。
入って来た時と同じようにふわりと空へ出た。
そのまま飛び立つのかと思いきや、慌てたように振り返って。
「今日は色々と・・・急に押しかけたり、短冊書かせたり、・・・すみませんでした。」
反省するようにペこりと頭を下げた彼女に俺は慌てて言った。
「全然いいよ。楽しかったし。
 ・・・また来いよ。気が向いたら。」
何だか彼女と居て楽しかった。また会えたら、と思った。
俺の言葉に、さらさは一瞬あっけにとられたようになって。
それから、顔を赤くしながらも
綺麗に笑った。

「はい!」
そのままふわりと空へ浮かび上がって。
「さようなら、ハジメさん。」
「ああ、またな!」
ゆっくりと空へ昇っていく彼女に手を振った。
夜空と彼女の背中がなんだか神秘的で、改めて七夕の精だという事を思い知る。
空は綺麗に晴れていて、都会にしては珍しく星が沢山見えた。
さらさは、この空に何を願ったのだろう。
そういえば
「さらさ、何で俺の名前知ってたんだ・・・・?」





ホントはずっと前から見ていたの。
ずっと前から、会ってお話がしたかった。
「もうこの短冊は、必要ないですね・・・」
願いは、きっと叶うから。



『また 会えますように』



長ッ!
7月7日に某祭に投稿して来た七夕ネタ。
乙女全開恥ずかしさ満点。
ハジさら好きですよ。これはハジ←さらだけど。

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