屋上のドアを急いで開けると、彼は別にいつもと変わらない様子で其処に立っていた。
強すぎる風に、無駄に長いマフラーがばたばたとはためいている。
いつもと変わらず、何を考えているのかさっぱり解らない後姿。
「何、してるの?」
乱れた呼吸を無理矢理押し殺して、学ランの背中に問いかける。
私の問いかけに彼はちら、と振り返ってからまた前に向き直った。
「別に」
彼はそう投げやりに答えて、屋上の手すりに寄りかかり下を見下ろす。
仕方なく、階段を駆け上がったせいで上がった息を整えつつ、私も横に並んだ。
強い風に私のセーラーの襟もパタパタとはためく。
風は少し、いやかなり冷たかった。当たり前だ、もう12月なのだから。
彼と同じように下を見下ろせば、誰も居ない中庭が見えた。
もし今が春ならば、そこで談話したり昼食をとったりする生徒の姿も見られるのだろうが、
今は冬、貴重な昼休みをわざわざそんな寒いところで過ごす物好きは居ない。
空は綺麗に晴れていたが、それでも寒いのに変わりはないから。
風で吹き上げられるスカートを慌てて手で抑えていたら、彼が唐突に口を開いた。
「何でわざわざここに、」
それはこっちのセリフだ、と私は思った。
なんで貴方はこんな寒くて風の強い日に、わざわざ屋上なんかに立ってるんですか。
けれどそうは口に出さずに、私は答えだけを簡潔に言った。
「ナカジ君が死ぬんじゃないかと思って。」
「は?」
怪訝そうに聞き返される。
少し言葉を変えてもう一度言った。
「ここから飛び降りるんじゃないかと思ったの。」
しばらく、珍しく呆気に取られたように、彼はぽかんとした表情をしていたが、
それはすぐに呆れたようなものに変わった。(と言っても彼の異様な重装備のせいで表情どころか顔なんてほとんど見えないのだが、何となく、だ)
「阿保か」
一蹴された。
本気で心配してここまで駆け上がってきたのに、酷いと思う。
「だってさ、あれだけ絶望感たっぷりに一人でこんな所に立ってるの見たら、普通誰でもそう思うでしょ」
つい言い訳のような言葉を口にしてしまうが、彼はやっぱり呆れたような顔をしているだけだった。
「何でそうなる」
心底呆れ果てたように言い捨てる彼に、私は言い返した。
「だいたい、立ってるだけで暗いオーラ全開のナカジ君が悪い。」
というか、彼は何をしていてもどこに居ても暗いのだが。
何故か彼も珍しく言い返してきた。
「いや、ただ屋上に立ってるだけで自殺と結びつけるお前の脳の方が凄い。」
「だから、それはナカジ君の雰囲気が・・・」
そこまで言いかけてやめた。これ以上は無駄な気がした。
ふう、と息をつく。上がっていた息も、もう大分落ち着いていた。
「じゃあ、飛び降りるんじゃないなら、何してたの?」
「別に」
彼がそう答えるのを聞いて、ホントにただ立ってただけか、と私は肩を下ろした。
心配して損した。
紛らわしいから、意味もなくこんな所に立つのはやめて欲しい。
彼は何を考えているかよく解らない人だけど、もしかしたら何も考えていないだけなのだろうか。
どっちにしろ掴み所のない人だというのは事実だ。
その無駄に長いマフラーなら、いくらでも掴んで引っ張る事が出来るけど。
・・・しないけどね。
はためくマフラーに何となく目をやる。
もはやトレードマークとなっているそれ。
彼はいつもマフラーに角帽に学ラン。あと眼鏡。私の中で彼の存在はそういう風に定着している。
いや、教室ではマフラーと帽子は外しているし、同じクラスなのだから
体育の時の体操服姿や夏服の白いシャツ姿だって見ているはずなのだけれど。
何故だか、それらの彼の姿は一切思い出せなかった。
まるで、彼が体育の時間は必ず休んでいた、夏の間は学校に来ていなかった、みたいに。
変なの。そんなことはない筈だけど。
全く思い出せないそれらを頑張って手繰り寄せてみても、やっぱり同じだった。
見ているはずなのに。彼が目立たない、なんてことはないと思う。
周りの皆は、彼は暗くて目立たない人と定義してるみたいだけど、確かに彼は背が高くて口数も少なくて影みたいだけど、
一度気付いてしまえば、明るい雰囲気の中ではそれが逆に、
「目立つんだよ、ナカジ君。」
彼が私の突然の言葉に首をかしげる。
「何で」
「背高いし、冬でも下駄だし、眼鏡だし、マフラー長すぎだし。」
皆は彼を地味と評するが、こんなに特徴的じゃないか。
少なくとも、ただのおさげでセーラー服な私よりは。
「ほっとけ。あと眼鏡は関係ない」
彼は短くそれだけ言ってから、「それに」と続けた。
「君のほうが目立つと思うけど」
今度は私が呆気に取られて、首をかしげた。
「何で?」
「君の声は、よく通る」
それだけ言って、それっきり、黙ってしまう。
私は今言われた言葉をボンヤリ反芻していた。
確かに私は友達より声が大きいかもしれない。けど、そんなことを言われたのは初めてだった。
よく通る。つまり、よく聞こえるってこと?
少女漫画とかならそういう解釈は気があるってことにも取れそうだけど、彼に限ってそれはないだろう。
明るい教室の中で、黙ったまま席に座っている彼は私の声をどんな風に聞いていたのだろうか。
・・・いや、ナカジ君は休み時間は寝てることのほうが多かったな。
彼をほんの少し意識するようになってからたまに見ていたから、知ってる。
つまり、寝ているところに私の声が聞こえて安眠妨害とか、そういう意味?
・・・考えすぎか。
きっと彼のことだ、今の言葉にそれ以上の、それ以下の意味はないのだろう。
彼はそれ以上は何も言わずに誰も居ない中庭を見下ろしている。
私も別に言いたい事もなくて黙っていた。
吐く息が、白かった。
寒い。コートも着ずにこんな所に立ってるんだから当然だ。
体は冷え切っている。・・・・風邪、引いたら困るな。
そろそろ戻ろうか、とそう結論した。
「じゃあ、」
私がそう言って引き返そうとした、同時に横で彼も動いていた。
ぐるぐると巻いてあるマフラーを、乱暴に外していく。
「・・・・・?」
私はわけもわからずそのまま彼を見ていた。
彼は、大げさに巻いてあったマフラーを外すと、それを私に突きつけてきた。
「え、何?」
私はわけもわからず、そのやたらと長いマフラーをただ見ていた。
「そんな格好で居たら風邪を引く」
彼は受け取らない私に痺れを切らしたのか、
そう言って、マフラーを私の首から肩にかけて乱暴に巻きつけた。
ぽかんとしたまま、私は彼にされるがままになっていた。
長いマフラーは、二重三重に巻かれていく。
確かにそれは冷たい風に晒されていた体には暖かかった。
今更巻いたところで遅いんじゃないか、とは思ったけど。
まあ、それでもいいか。
「ありがとう。」
「・・・・別に」
彼はマフラーがなくなって見やすくなった顔を俯けて、そう答えた。
久しぶりに彼の顔をちゃんと見たような気がした。
「私には少し長いみたいだね。」
長く伸びたマフラーの端をつまんでそう言ったら、彼は珍しく少しだけ笑った。

 

翌日。
やっぱり私は風邪を引いていた。
ちょっとだけ、マフラーを貸してくれた彼に申し訳なかった。
彼は風邪を引かなかっただろうか。
気になったけど、その日学校を休んだ私に彼が学校へ来ていたかどうか確かめることはできず、
彼と交わした会話をベッドの中で何となく思い返していた。
そういえば
彼の笑った顔、初めて見たな。
ようやくそのことに気付いて、私は何故か今更嬉しくなったのだった。






惑星X様に差し上げたナカ没サユ。
設定は惑星様のSSを参考に書かせていただきました。
惑星様のナカ没さゆは憧れです。大好きです。
それにしても、この二人難しい・・・。
でも書いてて楽しかったです。

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